イタリア2006
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脱カテナチオ?どう見ても、カテナチオです。本当にありがとうございました

2006年にイタリア代表が採用した4-4-1-1フォーメーションについての想定予想です。

モデルの想定・その他のケース

左図は、2006年のドイツワールドカップ決勝戦vsフランス戦でのイタリア代表の先発オーダーです。

欧州予選の終盤頃から決勝トーナメント1回戦まで4-3-1-2の布陣で戦っていましたが、準々決勝から4-4-1-1に布陣を変更してからは、決勝までメンバー固定となりました。

1トップにストライカーのトーニ。前述したとおり、当初はジラルディーノとの2トップでしたが、最終的には1トップ布陣となりました。

セカンドトップには「ローマの王子」トッティ。2月に左足首を骨折し出場が危ぶまれたものの、W杯本戦には間に合い、大黒柱として攻撃の中心となります。

両ウイングハーフは、左がペッロッタ、右がカモラネージで、共にサイドを中心に豊富な運動量を活かして守備に奮闘するタイプですが、この大会では積極的な攻め上がりも随所に見せていました。

ダブルボランチは、司令塔のピルロと潰し屋ガットゥーゾのACミランコンビで、役割分担しながら抜群のコンビネーションで中盤の底を支えます。

サイドバックは、当初は左にザンブロッタ、右がザッカルドでしたが、ザッカルドがグループステージでオウンゴールしてしまってからは、左にグロッソ、右にザンブロッタという布陣になります。共に守備意識が強いタイプですが、本大会ではグロッソが攻めあがった時は、不思議と得点に絡むことが多くラッキーボーイ的な存在となりました。

そして、カテナチオの要、ディフェンスラインはセンターバックが激しく当りに行くマテラッツィとクレバーでスピーディーな守備をするカンナバーロ。本来、カンナバーロの相棒はネスタだったのですが、グループステージで怪我してしまってからはマテラッツィに交代。それでも、その後、バロンドールを獲得するほどのハイパフォーマンスで、ディフェンスラインを見事に統率しきるのでありました。

そして、最後の砦には世界No.1GKであるブッフォン。ユベントスを中心としたカルチョスキャンダルに巻き込まれながらも、カンナバーロに匹敵するほどのパフォーマンスを見せます。
この後、GKとしては珍しくバロンドールの有力候補に上げられ、投票でカンナバーロに次ぐ2位に入るほどの活躍ぶりでした。

2006年当時のイタリア代表

率いる監督は、イタリア人のマルチェロ・リッピ。
現役引退後、一貫してイタリアのクラブチームを率い続け、徐々に実績をあげてユヴェントスでスクデットや欧州CLを制覇するなど、イタリアきっての名監督として名声を高めていました。

イタリア代表監督には2回就任していますが、最初の就任が2004年。
EURO2004の本戦で、グループリーグ敗退という結果を受けて、ワールドカップに向けてのチーム再建を託されての就任でした。

まず、リッピが最初に掲げたのは「カテナチオからの脱却」。
守備を固めてカウンターを得意としてきたイタリア代表に、サイドからの崩しという攻撃的な戦術を導入し、攻撃時の戦術レパートリーを増やしていきます。

そのために、デ・ロッシやジラルディーノらU23代表組や、グロッソやトーニのような遅咲きの初代表招集選手を抜擢するなどして、メンバーが固定化&高齢化しつつあったアズーリに新風を吹き込みました。

欧州予選は、強豪国が他にいない無風のグループに入ったこともあり、新戦力を中心に攻撃的なサッカーを見せていたため、思った以上に失点していましたが、それ以上の得点力を見せつけ、チームの意識改革を進めていきます。

そして、ワールドカップ本選開始直前の2006年5月。俗に言う「カルチョ・スキャンダル」が発生。
その震源地となったユヴェントス(リッピやカンナバーロ、ブッフォン、ザンブロッタら)やACミラン(ピルロ、ガットゥーゾ、ネスタら)の関係者が騒動に巻き込まれてしまいます。

この騒動で、代表に大きな影響が出てしまうだろうと目されていましたが、ふたを開けてみると、むしろ汚名返上とばかりにチームが一致団結。
ここに来て、最後の武器は伝統の「カテナチオ」と言わんばかりに、カンナバーロとブッフォンを中心とした堅固なディフェンスが威力を発揮し、グループステージから決勝までの7戦で2失点という堅守を披露。

グループステージでのネスタの負傷退場やザッカルドのオウンゴールによる取りこぼしなどもありましたが、代役として出てきたマテラッツィとグロッソが大当たり。
決勝での「ジダン頭突き事件」のような後味の悪さも残りましたが、イタリアに4回目のワールドカップがもたらされる事になるのでした。



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