フランス2004
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 ドイツ00
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落日の将軍

2004年において、フランス代表が採用した4-4-2フォーメーションについての想定予想です。

モデルの想定・その他のケース

左図は、2004年におけるフランス代表スターティングメンバーのWebサカでの想定予想です。

ちなみに、マケレレとヴィエラが逆だと、EURO2004グループリーグB・vsイングランド戦のフランス代表のスターティングメンバーになります。

実は、このボランチの2人の左右が逆ってのは結構意味があって、左にマケレレがいるのは左寄りにポジションを取るジダンのサポート役としてのポジショニングであり、右にヴィエラがいるのは右のOHに入るピレス、あるいは右のウイングハーフとしてビルトールが使われる事が多いため、FWのアンリを含めて、アーセナル在籍者によるトライアングルを形成しやすくなるという意味あいがあります。

中盤でボールを奪ったら、マケレレが起点なら左サイドから、ヴィエラが起点なら右サイドから攻撃を組み立て、二本のラインから攻め立てるという、攻撃的な布陣でありました。

ただ、Webサカでは、チームプロフィールに「中央に寄せられたボランチは右がテクニック、左がフィジカル能力の高い選手が向いている。」とあるのに、実際に評価出す選手傾向は、完全に逆になってるんですよね・・・なので、想定予想は右マケレレ、左ヴィエラとしております。

2004年当時のフランス代表

監督は、フランス人のジャック・サンティニ。リーガ・アンのクラブチーム監督を歴任し、2002年にはリヨンを優勝させ、その後の7連覇の礎を築いた実績から、2002年日韓W杯敗退で解任されたルメール監督の後任としてフランス代表監督に抜擢されました。

1998年のW杯優勝に続いてユーロ2000を優勝し、世界最強チームとなったフランス代表でしたが、本命視された2002年日韓W杯では、よもやのグループステージ敗退。主な原因としては、ジダンが怪我して不在なり不調だった時に、思った以上に試合を組み立てることができなかったことと、黄金時代の選手たちの高齢化があげられていました。

サンティニ監督に課せられた使命は、ジダンがいなくでもしっかりと攻撃を組み立てることができるチーム作りと、世代交代をスムーズに行うことの二本立てになります。

攻撃面では、3人のストライカーがそれぞれの所属する各国リーグで得点王を経験するほどの成長があり、前述したとおり2つのラインから攻撃を仕掛けることができる仕組みを作ることで、最悪、ジダン側からの攻撃が不発でも保険をかけられるという戦術を取ることができるようになりました。

一方、世代交代の方はなかなか、うまくいかず、特にDFラインではメクセス、クリスタンバル、ブームソンといったメンバーが試されましたが、なかなか機能せず、結局、世代交代のほうは失敗気味で、シルヴェストリやギャラスが加わったもののまだまだ、リザラズ、テュラム、デサイーに頼らざるをえない状態で、中盤のメンバーも含めて基本的には1998年からスタメンに名を連ねてきたメンバーたちが多く残っているという状況になりました。

それでも、2003年のコンフェデ杯を優勝し、EURO2004の予選は組み合わせにも恵まれましたが全勝で予選通過することで、サンティニの改革は成功したと見受けられていました。

迎えたEURO2004の本戦。グループリーグはイングランド、クロアチア、スイスと同組。今のフランスなら問題ない相手と見られましたが・・・

初戦のイングランド戦は大苦戦。後半ロスタイムまで0−1で負けており、敗色濃厚な状態だったのですが、そのロスタイムの3分間でジダンが2ゴールをあげて辛うじて逆転勝ち。

次のクロアチア戦も後半開始早々に2点を奪われて一時はリードを許す展開になり、何とか引き分け。

決勝T進出をかけたスイス戦も、試合結果こそ3−1での勝利となりますが、後半終盤まで1−1のまま膠着状態となるなど、攻守ともに決め手にかける不安定な内容が見え隠れしていました。

そして、決勝T1回戦、ギリシャ相手に「UEFA史上の大番狂わせ」と言われてしまう敗戦を喫してしまうのでありました。

世代交代の難しさ

この当時のフランスは世代交代が一つのキーワードになっていました。

このEURO2004の後、ジダン、デサイー、テュラム、マケレレらが相次いで代表引退を表明し、若手の台頭がのぞまれたものでしたが、2006年ドイツW杯の時のスタメンには、請われて代表復帰したジダン、テュラム、マケレレの名前があったのです。

結局、世代交代を叫びつつも、それができないまま時間が過ぎていき、かつて世界ランキング1位をほこったフランスが、2006年のW杯準優勝のあとは、いまひとつパッとしない成績に終わってしまっているのであります。



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