日本のW杯初対戦相手
1998年において、アルゼンチン代表チームが採用した3-5-2フォーメーションについての想定予想です。
モデルの想定・その他のケース
左図は、1998年のフランスW杯、グループHリーグvs日本戦のスターティングメンバーです。
Webサカでは中盤やFWが一見フラットのような配置になってますが、チーム編成画面で見ると、概ね図のようにLFWはウイングポジションですし、LCHはOHを覗いた中盤の4人の中では若干前がかりになってます。
基本線としては3-5-2といえますが、実際にはオルテガが右サイドに流れてベロン(もしくはガジャルド)が更に前に出てアルメイダがより下がり目になり、3-1-2-1-3のような形をとることもありますし、LWB(というか、LDHに近い)のシメオネが中に入りアルメイダとともにダブルボランチ、RWBのサネッティがサイドバックまで下がるような4-2-2-2になることもあり、かなり流動的なシステムを取ってました。
1998年当時のアルゼンチン代表
当時の監督は、かつて名DFとして鳴らしたダニエル・パサレラ監督。規律を重んじるスタイルの監督であり、当時、レアル・マドリードのレギュラーボランチであったレドンドを、髪が長いヤツはダメだという理由で召集しなかったり、奔放な発言をするベロンと度々衝突するなど、必ずしもチームをうまくまとめていたとは言いがたい状態でした。
そのせいか、南米予選で一時は低迷した時期もあったのですが、最終的には南米予選を首位で通過(ちなみに、前回優勝国のブラジルが予選免除されていた)。そのため、フランスW杯では、ブラジル、フランス、オランダの次くらいには有力なチームと目される存在となりました。
本大会では、グループリーグの組み合わせにも恵まれた感はあり、Hグループを余裕の3連勝で通過。
決勝T1回戦はイングランドが相手。シメオネの挑発に乗ったベッカムが退場処分となり、圧倒的にアルゼンチンが有利になったものの、キャンベル・アダムズの両CBを中心にガッチリ固めたイングランド守備陣を破れず、最終的にPK戦で勝ち上がり。
準々決勝のオランダ戦。イングランド戦同様に、シメオネが上手いこと立ち回り、オランダのヌマンを退場させることに成功したものの、その直後、オルテガがファン・デルサールの挑発に乗って頭突きしてしまい退場処分。これでアルゼンチンの勢いを殺いだオランダは、終了間際にF・デブールからの絶妙なロングフィードを、これまた鮮やかなトラップで受けマーカーを振り切ったベルカンプがGKと1対1を制して決勝ゴール。かくて、1998年のアルゼンチンは退場に笑い、退場に泣いて、ベスト8という結果に終わったのでした。
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