ブラジル2002
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 イタリア00
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 オランダ98
 オランダ14
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 ドイツ00
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 日本97
 日本00
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3Rのファンタジーと、守備陣のリアリティ

2002年において、ブラジル代表が採用した4-2-3-1フォーメーションについての想定予想です。

モデルの想定・その他のケース

左図は、2002年のブラジル代表のスターティングメンバー想定予想です。日韓W杯本大会の決勝戦vsドイツ戦などのスターティングメンバーになります。

いわゆる「3R」と呼ばれた、近代的トップ下「リ」バウド、スーパーストライカー「ロ」ナウド、ファンタジスタ「ロ」ナウジーニョによるそれぞれ特徴的な3人のアタッカーによる共演が、このチーム最大の特徴です。

基本的に、ウイングバックがやや下がり気味なため守備的な布陣と言えるのですが、この3人の個の力による破壊力が、攻撃的なチームであったという印象を抱かせることすらありました。

ダブルボランチはジウベルト・シルバとクレベルソン。どちらも派手さはなく、守備的でポジショニングがうまく、ボールを散らすよりも運動量豊富なサイドに預ける感じのプレーに徹します。
なお、W杯開幕当初は、ボランチに本職トップ下のジュニーニョ・パウリスタも配置されることが多かった(試合出場数だけはクレベルソンより多い)のですが、W杯の決勝トーナメントでは守備的な布陣重視という方針のもと、ジュニーニョはスタメンから外されることになります。

両サイドは、左がロベルト・カルロス、右がカフーで、ともに当時、世界最高と言われた左右のサイドバックで、攻撃に守備にフル回転します。
特に、「ロ」ベルト・カルロスの運動量は抜群で、攻撃参加も多いため、前線3人に加えて「4R」と呼ばれることもありました。

3バックは、いかにもブラジルらしくフィジカルコンタクトが強いタイプを3人並べて中央を固める形をとります。

GKには、最終的に引退するまでパルメイラス一筋20年のマルコス。サンパウロのセニ、コリンチャンスのジーダと、それぞれタイプが異なるサンパウロ州を代表するチーム正GK3人の代表争いを勝ち抜いてレギュラーを獲得したことは話題になりました。

戦術の基本線は守ってボール奪ったら、ボランチ→ウイングバックを経由してのカウンター。ゴール前までボールを運んだら、あとは3Rの創造的な連携。
ただ、全体的に見ると守備的で一本調子の戦術であり、ヨーロッパスタイルの3バックを採用したことで、ブラジル世論から酷評されており、最終的に優勝することでようやく国内での批判を封じることができたというシステムでした。

2002年当時のブラジル代表

監督はブラジル人のルイス・フェリペ・スコラーリ。ブラジルのクラブチーム監督を中心に、2012年にもブラジル代表監督を務めたり、ポルトガル代表やクウェート代表などのナショナルチーム監督、またチェルシーのようなビッグクラブの監督にも就任しているブラジルを代表する名将です。
2001年、1回目のブラジル代表監督に就任しましたが、この時は2002年W杯南米予選とコンフェデ杯での不振を受けて解任されたレオン監督の後を受けてのものです。

その2002年W杯南米予選では、ブラジルはまさかの大苦戦を強いられていました。

最終的には、南米予選を3位通過しますが、大陸間プレーオフに回った5位ウルグアイとの勝ち点差は3。6位のコロンビアとの勝ち点差も3であり、わずか1勝の差で、下手したら「あの」ブラジルがプレーオフに回るか、最悪予選落ちという事態に陥りかねませんでした。

その要因となったのが、「怪物」ロナウドが1999年に大けがして約2年間ろくに試合に出れず、コンディション不足のため南米予選時点では代表から落とされていたため、一時的にブラジル代表が決定力不足に陥っていたこと。

加えて、エースストライカーとして試合に出ていたロマーリオとスコラーリおよび他代表メンバーとの関係がギクシャクして、チームに悪影響を及ぼしていたともいわれます。

最終的に、そのロマーリオが予選後半に爆発して救世主となりましたが、W杯本戦ではロマーリオを代表から落とすという決断が下されています。

ロマーリオの代役として白羽の矢をたてられたのが、怪我から復帰したばかりのロナウドでした。

また、スコラーリ監督は、現時点でのブラジル代表ではヨーロッパ各国やアルゼンチンなどの強豪と互角に渡り合える自身を持てなかったため、伝統の4バックを捨てて、当時ヨーロッパやアルゼンチンで流行っていた3−5−2にシステムをシフトします。

予選の不振、予選で救世主となったロマーリオを代表から落とし(しかも落選会見で号泣してかなりの同情を受けたという)、4年前のフランスW杯決勝でプレッシャー負けして体調崩して何もできなかった怪我上がりのロナウドをエースストライカーに据えると言った決断、そしてよりによって南米のライバルであるアルゼンチンが好んで使う3−5−2にシステムを変えたことから、ブラジル世論から厳しい批判を受けることになってしまいます。

ですが、GLはトルコ、中国、コスタリカとやりやすい組み合わせになり、3戦とも危なげなく快勝。

これで波に乗ったか、決勝トーナメントをベルギー、イングランド、トルコと撃破し、ワールドカップでの初対戦となったドイツとの決勝戦も2−0で勝利し、見事にW杯優勝を果たします。

ロナウドは8ゴールを上げて見事大会得点王。完全復活をアピールして翌年、「銀河系」レアル・マドリードへ移籍することになりました。

なお、2002年の優勝直後、ブラジル代表のサポーターが「批判してごめんね、フェリポン(スコラーリの相性)」という横断幕を掲げていますが、その12年後に彼らが「地獄に落ちろ、フェリポン」という横断幕を掲げることは、この時の彼らには知る由もなかったのでありました。



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